「どうしたら、子どもが本音を話してくれるのか分からない」
「親として、いいアドバイスをしたつもりなのに、うるさがられてしまう」
家庭という最も近い人間関係の中で、多くの親が直面するこの問いには、ある“見落とされがちな答え”があります。

それは──
黙って聴くこと、ただひたすらに、相手の言葉に耳を傾けること。

今回は、「家庭での信頼構築」において、最も大きな効果を持つこの“預け入れ”について、実例や実践法とともにお伝えします。

第1章 話を「聞く」と「聴く」の違い

「子どもの話はちゃんと聞いている」と多くの親は言います。
けれど実際は、耳で聞いていても、心で“聴いて”いないことが多いのです。

違いは明白です。

  • 聞く:音として捉えている状態。注意が外に向いている。

  • 聴く:心で受け止め、相手の意図を理解しようとする行為。

特に子どもは、相手の態度や反応にとても敏感です。
「本当に自分を大切に思ってくれているか」
「何を言っても否定されないか」
そうした安心感がなければ、言葉を閉ざしてしまいます。


第2章 沈黙の力と信頼口座

子どもが話している最中に、つい口を挟んでしまう。
「昔の自分はね」と語り出してしまう。
良かれと思って言ったアドバイスが、実は信頼口座から“引き出し”をしてしまっていることもあります。

信頼は口先では築けません。
「あなたを一人の人間として尊重している」というメッセージを、態度で伝えるしかないのです。

実際、私が子育て講座で出会ったある母親は、息子との会話で「返答を我慢する3週間チャレンジ」を始めました。
最初の1週間はまったく変化がなかったものの、2週目に「最近、話しやすくなった」とぽつりと言われたそうです。

本心からの聴く姿勢は、時間をかけてじわじわと、信頼口座に預け入れをしていくのです。


第3章 聴く力を育てる3つのポイント

では、どうすれば“黙って聴く力”を育てられるのでしょうか。
以下に、家庭で実践できる具体的な方法を紹介します。

① 自分の感情に気づく

子どもの言葉に、つい腹が立つこともあるでしょう。
でもその感情にすぐ反応せず、「なぜ今、私はイラッとしたのか」と自問してみる。

感情は“行動の合図”ではなく、“観察の対象”にすることで、口を挟まずにいられます。

② アドバイスは聞かれたときだけに

子どもが話している最中に「こうすればいい」と言いたくなるのは、親の“癖”です。
アドバイスをするときは、「何かアドバイスが必要?」と確認してからにしましょう。

それだけでも、相手の自己決定感を守ることができます。

③ 同意ではなく、理解を示す

「わかるよ、それはつらかったね」と共感することは大切ですが、同意する必要はありません。
大事なのは、「あなたの気持ちを受け止めている」ということを伝えることです。


第4章 「預け入れ」の結果、子どもが変わった瞬間

ある父親の話を紹介しましょう。
彼は高校生の息子とほとんど会話がなく、口を開けば注意ばかり。ある日、ふと「何も言わずに聴いてみよう」と決意しました。

初めの数日は、息子はほとんど無反応。
しかし1週間後の夕食時、「今日、部活でちょっと悔しいことがあってさ…」と話し始めたそうです。

それは、父親が初めて「聴く」を実践しはじめてから、信頼の残高が少しずつ増えていた証でした。


第5章 「偽らない本心」が信頼をつくる

子どもは、親の本心を敏感に察知します。
形式だけの傾聴では通じません。

だからこそ、「本当に大切に思っている」ことを、態度と沈黙で示すことが、何よりの預け入れになるのです。

これは家庭に限らず、すべての人間関係に通じます。
部下、友人、パートナー。
人間関係を豊かにしたいなら、まずは「黙って聴くこと」から始めましょう。


おわりに

信頼口座を育てる秘訣は、意外にも“話すこと”ではありませんでした。
黙って、心を込めて聴くことこそ、最も価値のある預け入れなのです。

最初は反応がないかもしれません。
けれど、それで諦めないでください。

本物の信頼は、少しずつしか積み上がりません。
だからこそ、積み上がったときには、深く、決して崩れない絆ができあがっているのです。