「相手のためを思ってやったのに、感謝されない」
「こちらは気をつかったのに、なぜか距離を取られてしまった」
そんな経験をしたことはないだろうか?
実はこの違和感の正体は、“善意が拒絶された”ことではない。
本当の原因は、「相手を理解したつもりになっている自分自身」にあることが多い。
この記事では、私が関わってきた現場やクライアントの実例も交えながら、「本当の意味で人を理解する」ことの難しさと、ズレを修正する具体的な方法をお伝えしたい。
1. 人は誰しも“自分フィルター”で人を見る
私たちは、自分の経験や価値観を通して世界を見ている。
これ自体は自然なことだ。
問題は、その“自分フィルター”を自覚しないまま、相手に向けてしまうことにある。
たとえば、励ますつもりで言った「大丈夫、大したことないよ」という一言。
自分なら安心できる言葉かもしれない。
でも、相手にとっては「この苦しみをわかってくれていない」と感じる言葉になってしまうことがある。
人間関係のすれ違いは、こうした「思い込みベースの理解」から生まれるのだ。
2. “自叙伝的理解”が信頼を壊してしまう理由
私はかつて、部下の悩みを聞く立場として、失敗を重ねていた。
「自分も昔、似たようなことで悩んだよ」と体験談を語ることで共感を示しているつもりだった。
だがあるとき、思い切ってフィードバックを求めたところ、「正直、話の途中で“わかってくれてないな”と思いました」という返答をもらった。
衝撃だった。私は善意で向き合っていたつもりだったからだ。
だが、その後気づいた。
私は“共感”ではなく、“自分の経験を重ねて納得した気になっていた”だけだった。
いわば、自分の自叙伝に、無理やり相手のページを挿入していたのだ。
それでは、相手の“今”を本当に見ることはできない。
3. 善意が拒絶されたように感じるときの落とし穴
人間関係の難しさは、「こちらは良かれと思ってやっている」というところにある。
・アドバイスをした
・助け舟を出した
・気づかないフリをしてそっとしておいた
これらはどれも、表面上は「思いやり」だ。
しかし、相手がそれを望んでいなかった場合、その思いやりは届かない。
そのとき、私たちはつい「こんなにしてあげたのに」「どうしてわかってくれないのか」と思ってしまう。
そして、「もう関わるのをやめよう」と預け入れ(信頼の投資)をやめてしまう。
これが、人間関係が冷えていく典型的なパターンだ。
だが、ここで忘れてはいけないのは、拒絶されたのは“善意”ではなく、“善意のかたち”であるということだ。
4. 相手を理解するとは、“空白をつくる”こと
では、どうすれば相手を本当の意味で理解できるのか。
私が一番大切にしているのは、「空白をもつこと」である。
つまり、相手の話を聞くときに、
・自分の体験を重ねない
・答えを急がない
・アドバイスや評価を挟まない
という“余白”をつくることだ。
ある女性管理職の方は、これを徹底することで、チームの雰囲気が劇的に変わった。
以前は「部下の相談にはすぐに答えなければ」と思い、どんどん指示を出していた。
しかし今は、「それはどう感じてる?」「どうしたいと思ってる?」と問いかけるだけ。
その結果、部下から「自分の気持ちをちゃんと受け止めてもらってる感じがする」と信頼されるようになった。
5. 「わかろうとする姿勢」が、信頼を築く
本当に人間関係を良くしたいなら、まずは「わかってるつもり」を手放すこと。
そして、「この人はわかろうとしてくれている」と相手に伝わるような姿勢を示すことだ。
・最後まで話をさえぎらない
・同意より、理解に徹する
・答えより、共に考える
こうした行動が、“預け入れ”を続ける力になる。
信頼とは、「理解した」という結果ではなく、「理解しようとし続ける」過程の中で育まれるものなのだ。
おわりに
人は、自分のレンズを通して他人を見てしまう。
それ自体は避けられない。
でも、その存在に気づき、丁寧に扱うことはできる。
「この人は自分のことを本気で理解しようとしている」
そう思われることが、信頼の土台になる。
その第一歩は、自分の経験をいったん脇に置いて、相手の物語に耳を傾けること。
それができたとき、私たちの人間関係は、もう一段深くなる。
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