「こうすればうまくいくのに」
「自分の経験から言えば、こうするべきだ」
そんな善意のアドバイスが、なぜか相手には届かない。
あるいは、期待通りの行動につながらない。
その原因は、相手の理解不足ではなく、“問題の見誤り”にあるのかもしれません。
問題そのものを勘違いしたまま、いくら言葉を尽くしても、それは的外れの矢を放っているのと同じ。
むしろ相手を傷つけたり、信頼を損ねる結果になることすらあります。
第1章 自分の「物語」を押しつけていないか
人は、誰しも自分なりの“ものの見方”を持っています。
育ってきた環境、経験、価値観──そうした背景がフィルターとなって、他人の言葉や行動を解釈しています。
これを心理学では「パラダイム」と呼びます。
たとえば、あなたが努力によって困難を乗り越えてきた人なら、目の前で悩んでいる人にも「努力が足りないのでは?」と感じてしまうかもしれません。
あるいは、自分が我慢を美徳としてきたなら、「すぐに逃げようとする人」に苛立ちを覚えることもあるでしょう。
けれどそれは、「自分の自叙伝」を相手に押しつけているにすぎません。
相手が抱えている“本当の問題”は、まったく別の場所にある可能性が高いのです。
第2章 問題の本質は、いつも“表面の奥”にある
人の抱える悩みや葛藤は、しばしば「表に出ていること」と「本質」がズレています。
たとえば、上司と部下の間でこんな会話がありました。
部下:「最近やる気が出なくて、仕事が手につかないんです」
上司:「それは甘えだよ。
まずは行動してみることが大切だ」
一見、間違っていないアドバイスです。
しかし、この部下は実はプライベートで家族の大きな問題を抱えており、深い喪失感とストレスの中にいたのです。
つまり、「やる気の問題」ではなく、「心のケアと安全な環境」が求められていたのです。
上司が自分の価値観だけで“正論”を語る前に、相手の置かれている状況や感情を理解しようとしたなら、もっと違うアプローチができたはずです。
第3章 「相手の世界を見る」ために、自分の眼鏡を外す
では、どうすれば本当の問題を見抜けるようになるのでしょうか。
それは、自分の見方を「一度脇に置く」こと。
つまり、自分の眼鏡を外し、相手の視点に立つ努力をすることです。
このプロセスには、2つのステップがあります。
① 判断を保留する
「これはこういうことだ」と決めつけず、一時的に“空白”をつくる。
その空白の中で、相手の言葉や沈黙の背景を感じ取る。
② 共感的に耳を傾ける
「何を言ったか」よりも「なぜそう言ったのか」に意識を向ける。
表情、声のトーン、沈黙、ため息、言葉にされない思い──
それらを受け取りながら、相手の“見ている世界”を共に見る。
これは簡単なことではありません。
自分の信念や経験を脇に置くには、謙虚さと勇気が必要です。
けれど、それこそが“本当の理解”の出発点になるのです。
第4章 見ようとしなければ、決して見えてこない
私が以前関わったカウンセリングの現場で、ある母親が思春期の娘に対して悩みを抱えていました。
「何度言っても、あの子は私の言うことを聞かない。
反抗的で困っています」と。
そこで私は、娘さんにも話を聞きました。
すると、彼女はこう言ったのです。
「お母さんは、私の気持ちを全然わかろうとしない。
いつも『私が正しい』って感じで、聞く耳を持たない」
母親が“正しくあろうとすること”が、娘の“理解されたい”という願いを押しつぶしていたのです。
このとき、母親は深くうなずきながら言いました。
「私、問題は“娘の反抗心”だと思ってたけど、違ったのね。
私が見ようとしてなかっただけかもしれない」
その瞬間から、関係性は変わり始めました。
終章 理解されるためには、まず理解しようとすること
人間関係の本質は、問題を“解く”ことではなく、相手の“世界を見ようとする”姿勢にあります。
あなたが誰かにアドバイスをしたいとき。
あるいは、相手を支えたいと願うとき。
まずすべきは、「自分の眼鏡を外すこと」です。
そうすることで、相手は「わかってもらえた」と感じ、初めてあなたの言葉に耳を傾けてくれるようになります。
理解は、信頼の種になる。
その種が根を張ったとき、言葉が初めて届くのです。
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