「私があなたに心を開かない限り、あなたが私のことも、状況も気持ちも理解できない限り、私の相談に乗ることもアドバイスすることも無理だ」
この言葉に、ドキッとした人は多いだろう。
実は私たちは、思った以上に「わかったつもり」で人と接している。
相手の話を最後まで聴く前に、「こうしたらいい」と助言し、良かれと思ってかけた言葉が相手の心を閉ざすこともある。
本当に相手を支えたいと思うなら、まず必要なのは“理解されている”という安心感を相手に持ってもらうことだ。
この記事では、「信頼関係を築くための“聴く”という行為の本質」について、私の実体験や仕事で得た気づきを交えながら掘り下げていく。
■「理解されていない」と感じるとき、人は心を閉ざす
人は、他者の“正論”によって納得するわけではない。
むしろ「あなたの話を聞いている」という態度と姿勢が、心を開く最初の鍵となる。
たとえば、部下が上司に悩みを打ち明けたとしよう。
「こうすればいいんじゃないか」と即座にアドバイスされると、部下は「結局、わかってもらえていない」と感じてしまう。
なぜなら、そのアドバイスは「相手の立場や背景を無視して、上から目線で語られたもの」と受け取られがちだからだ。
私自身も過去、部下の話を最後まで聴かずにアドバイスを繰り返していた時期がある。
そのとき、関係性は表面的で、信頼とは程遠かった。
■傾聴の本質とは「相手の地図の中に入ること」
「傾聴とは、相手の話をただ黙って聞くことではない」
これは私が社内リーダー研修で繰り返し伝えている言葉だ。
本当の傾聴とは、相手の目線に立ち、相手の“世界”を理解しようとする意志そのものだ。
相手の話す言葉の背後にある感情や価値観を探り、本人以上に本人を理解しようとする行為。
それは簡単ではない。自分の枠組みや判断を一時的に脇に置く必要があるからだ。
だが、これができるようになると、不思議なことが起きる。
相手は自然と心を開き、自ら答えを導き出すようになる。
アドバイスをしなくても、相手は動き出す。
■実績紹介:沈黙が生んだ変化
ある日、チームの若手メンバーが相談に来た。
以前の私であれば、すぐに解決策を提示していたと思う。
しかしそのとき、私はただ聴くことに徹した。
10分、20分と話を聴き続け、ただ一つだけ質問をした。
「それを本当にあなたは望んでいるの?」
その瞬間、彼の表情が変わった。
「……正直、迷ってました」
そこから彼は、自分自身の中にあった答えに辿り着いた。
私は何もアドバイスしていない。
だが、彼は自ら方向性を決め、行動を起こし、成果を出した。
これが「理解されている」という体験が持つ力なのだ。
■相手を“直そう”とする姿勢が信頼を壊す
多くの人は善意で助けようとする。
だが、そこに「自分の基準で判断する」というフィルターがかかってしまうと、
その言葉は相手にとって押しつけとなり、時に害となる。
「もっと頑張れ」「そんなの甘えだ」
このような励ましが逆効果になるのは、相手の状況や心の状態を無視しているからである。
私たちは時に、アドバイスによって関係を深めようとするが、実際には“共感”こそが関係性を築く土台である。
■信頼は「感じさせる」もの
「信頼しているよ」と言葉で伝えるのも大切だ。
だが、それ以上に大切なのは「信頼されている」と感じてもらうことだ。
そのために必要なのは、
・目を見て話す
・相手の言葉を遮らない
・感情に反応する
・要約して確認する
こうした小さな行動の積み重ねが、「この人は私のことをわかろうとしてくれている」という安心感を生む。
人は“共感された経験”によって、初めて他者に心を開くのだ。
■“聴く力”を磨くことは、すべての人間関係を変える
「聴く力」は、ビジネスにおいても、家庭においても、教育や医療の現場においても不可欠だ。
そしてそれは、訓練によって高められるスキルである。
私はこれまで、管理職研修やコーチング講座で延べ1000人以上に「共感的傾聴」のトレーニングを行ってきた。
一番の変化は、「相手が変わる」のではなく「自分が変わる」ことだと、参加者は口をそろえて言う。
“話を聴く姿勢”が変わると、人との関係が根底から変わる。
おわりに──理解のないアドバイスは、届かない
どれだけ立派なことを言っても、相手に届かなければ意味がない。
相手が「理解されている」と感じて、初めてアドバイスは力を持つ。
だからこそ、急がず、焦らず、まず“聴く”ことから始めたい。
相手の話を聴くことは、相手の心に触れることであり、その行為そのものが「あなたを大切に思っています」というメッセージになる。
信頼関係を築く秘訣は、話すことではなく、“聴くこと”にあるのだ。
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