わかり合うには、まず心をそろえることが大事である。
なぜなら、わたしたちは同じ世界に生きているようでいて、見ている世界は少しずつ違うからだ。
同じ景色を見ても、立っている場所、積み重ねてきた経験、心の状態によって、感じ方も解釈もまったく異なる。
だからこそ、誰かと本当の意味で通じ合いたいと願うなら、まずは「同じ目線」に立ち、「同じ心の高さ」で向き合う必要がある。
この文章では、“わかり合うこと”に悩む人へ、どうすればその壁を越えられるかを、私自身の実体験とともに紐解いていく。
■「理解されないつらさ」は、誰にでもある
「なんでわかってくれないの?」
「そういうことじゃないのに」
「もう話すのやめようかな…」
人間関係のなかで、誰もが一度はこうした思いを抱いたことがあるのではないだろうか。
それは家族かもしれないし、職場の上司や部下、友人、パートナーかもしれない。
話がかみ合わないとき、説明しても通じないとき、私たちは「伝える言葉」に注目しがちだが、実は根本のズレはもっと深い場所にある。
それは、“心の位置がそろっていない”ことによるズレである。
■まずは、心をそろえることから始める
あるとき、私は部下の悩みを聴いていた。
彼は業務の負担感を訴えつつも、うまく言葉にできずにいた。
私はアドバイスを飲み込み、ただ彼の言葉に耳をすました。
相手の気持ちを想像しながら、ゆっくりと頷いた。
すると、不思議なことに、私の目の力がふっと抜けたのがわかった。
“やわらかくなった”のだ。
その瞬間、彼の表情が少しほころび、口を開いた。
「実は、責められてるって思ってたんです」
このとき私は、「まず心をそろえることの大切さ」を身をもって知った。
アドバイスでも、励ましでもない。ただ“共にある”という姿勢が、相手の心を開いたのだ。
■相手と同じ目線に立つとはどういうことか?
「同じ目線に立つ」とは、上下関係をなくすという意味ではない。
立場が上でも、経験が豊富でも、相手を見下ろしていては、決して理解は届かない。
同じ目線に立つとは、相手の世界を“その人の地図”で見ることである。
「私だったらこう考える」ではなく、「この人は、なぜこう思ったのか」と問い直す姿勢。
実際、私は多くの企業で1on1面談やコーチングに関わってきたが、「わかってくれた」と感じてもらえるときは、決まって“評価”ではなく“共感”から始まっていた。
同じ目線に立てる人は、どの現場でも信頼される。
それは技術ではなく、誠実さと意志の問題だ。
■“話を聴く”とは、“心に触れる”こと
「話を聴く」には、2つのレベルがある。
ひとつは、“内容”を聴くこと。
もうひとつは、“感情”を聴くこと。
人は、内容だけを聞き取られても、満たされない。
その奥にある「不安」「怒り」「期待」「寂しさ」などの感情を汲み取ってもらったとき、はじめて「この人はわかってくれている」と感じる。
そのためには、相手に向ける目線が優しくなければならない。
身体の角度、表情、呼吸のリズム──
細部すべてが「私はあなたをわかろうとしています」というメッセージになる。
■相手の変化は、自分の姿勢が変わったときに起きる
私の講座に参加したある管理職の方は、こう振り返った。
「部下が心を開かないと思っていたが、自分の“聴く姿勢”が変わったら、会話が増えた」
この変化は、何も珍しいことではない。
人は本能的に、“安全な相手”かどうかを察知している。
「評価されるかもしれない」「急かされるかもしれない」と感じると、言葉は出てこなくなる。
だからこそ、わかり合いたいと願うなら、まず自分の態度を整えること。
“わかろうとする人”になること。
それだけで、相手の心が動く準備は始まる。
■悩みの多くは、“わかってもらえない”ことから生まれる
家庭でも、職場でも、「わかってもらえない」という気持ちは、摩擦のもとになる。
しかし、その逆もまた真実である。
「わかってくれた」と思えた瞬間、人は驚くほど素直になる。
たとえば、家庭内での小さな不満──
「もっと手伝ってほしい」「ちゃんと話を聞いてほしい」
こうした訴えの裏には、「私はあなたの一部でありたい」という願いが隠れている。
つまり、「理解されたい」「共にいたい」という欲求だ。
その欲求を満たすのは、“正論”ではなく、“共感”なのである。
■おわりに──わかり合うとは、“生き方”である
わかり合うとは、決して一度きりの対話で完結することではない。
それは日々の小さな姿勢の積み重ねである。
・相手の目を見て話す
・話の途中で口を挟まない
・心の声を汲み取ろうとする
・自分の正しさを押しつけない
こうした積み重ねが、「この人なら大丈夫だ」と思ってもらえる関係をつくる。
わかり合えないと嘆く前に、自分の心をそろえること。
その勇気こそが、わかり合いの第一歩なのだ。
この記事へのコメントはありません。