現代のビジネスシーンでは、「即効性」や「効率性」が求められる場面が多い。
業績が落ちれば、すぐに立て直さなければならない。
モチベーションが下がれば、何かしらの“刺激”を与えなければならない。
そうしたプレッシャーのなかで、多くの企業が“企業文化の変革”をスローガンに掲げ、次々と新しい施策を投入している。
映画のようなモチベーション動画、
有名講師を招いた研修、
M&Aによる体質改善、
外部のコンサルタントによる組織設計の“リブート”。
こうした取り組みは、どれも即効性を期待されている。
しかし現実には、多くの組織がこうした“処方箋”のあとに、より深い分断と混乱を抱えることになる。
なぜなら、文化とは“購入”できるものではないからである。
信頼のプロセスをすっ飛ばすな
企業文化の根底にあるのは、「人と人との信頼」である。
どれだけ美しいミッションステートメントを掲げても、どれだけ感動的な社内動画を流しても、現場で信頼が築かれていなければ、どれも空虚な演出に過ぎない。
それどころか、こうした「外から与えられた変革」によって、社員はこう感じるようになる。
──「また始まったよ」「今回もどうせ一過性だろう」
この“しらけ”が組織のエネルギーを奪い、形式だけの改革を繰り返すたびに、信頼貯金が目減りしていく。
テクニックの落とし穴
「成果を上げたい」
「士気を高めたい」
「顧客満足を上げたい」
その目的自体に問題はない。問題は、“その達成手段”にある。
多くの企業が選ぶのは、「手法」や「テクニック」だ。
しかし、表面的なテクニックだけで組織は変わらない。
たとえば、M&Aで買収した企業の文化を塗り替えようとしても、長年そこに根づいていた価値観や関係性は、簡単に変わるものではない。
むしろ、強引に“上書き”しようとすればするほど、組織の中に「反発」や「無力感」が広がっていく。
「信頼」に立ち戻ることが、本質の改革
では、どうすれば真の意味での変革が可能なのか。
答えはシンプルだが、時間と覚悟が要る。
信頼を築くこと。これに尽きる。
信頼とは、プロセスである。
一晩でできるものではない。
約束を守る。
意見に耳を傾ける。
立場に関係なく誠実に接する。
誤ったら謝る。
時間をかけて小さな積み重ねを続けていくこと。
これこそが、組織の文化を下支えする「土壌」になる。
実例:信頼から始めた企業の変化
私が関わった中小製造業のある企業では、業績低迷と離職率の高さが課題だった。
当初、経営陣は「制度改革」「評価の見直し」「インセンティブ制度の導入」を検討していた。
だが、その前に「まず、社員の話をきちんと聞こう」というシンプルな方針を打ち出した。
管理職が現場に入って対話を重ね、一人ひとりがどんな思いで働いているのか、何に困っているのかを丁寧にヒアリングした。
「何かしてやろう」ではなく、「一緒に働く仲間として知ろう」という姿勢で。
半年後、会議の空気が変わった。
現場の社員が自分の意見を言うようになり、管理職同士の関係も柔らかくなった。
その結果、数値目標はまだ達成されていない段階でも、「この会社、なんか変わったね」と社内に“手応え”が広がっていった。
その変化の土台にあったのが、“信頼”だった。
企業文化は育てるもの
企業文化とは、「こうしよう」と決めてできるものではない。
それは、人と人とのあいだに日々交わされる無数の行為や態度の“積み重ね”から生まれる。
だからこそ、外から与えるのではなく、内側から育てていく必要がある。
早く結果を出したい。
目に見える数字で示したい。
そんな焦りを感じたときこそ、問うてみてほしい。
──この組織には、信頼があるか?
──私自身は、信頼を築く行動をしているか?
おわりに──近道より「本道」を歩こう
人は急ぐときほど、遠回りを選んでしまう。
企業文化の変革も同じだ。
外から与えられた装置やイベントで一時的に熱が上がっても、土台がなければすぐに冷めてしまう。
信頼という土壌を耕し、誠実な日々の行動を重ね、文化を“買う”のではなく“育てる”覚悟を持とう。
それが、結果としてもっとも確実で、もっとも力強い変革の道である。
近道よりも、本道を。
目の前の信頼を、一歩ずつ築いていこう。
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